もうそうたん

小説家を目指すメンヘラ女子の3人称の文章を練習場所。1記事を30分以内で書くという決め事でやっている。

30歳ぼっち。山に登る

智は山に登っていた。登っている道の先を眺めても木しか見えない。横を向くと木の隙間から見えるのも更に木。上を眺めるとかろうじて葉の間から空が見えるが今が腫れているのか曇っているのかいまいちわからない。生い茂った葉の間からしか光が差していないにもかかわらず明るいのだから、晴れているのであろう。なぜこんな山を登ってしまったのだろう。登りだしてまだ30分も経っていないのに智はすっかり後悔しだしていた。

30過ぎてぼっちなら山に登ればいい

いつも通り家でネットサーフィンをしていると匿名掲示板に30歳ぼっちが有意義に日々を過ごすためには山にのぼるのが一番いいという内容の書き込みを目にしたのだった。生活は家と仕事場の往復のみ。家に帰ってから缶ビールを飲みながらネットを見て、休日は仕事につかれた体を休めるべきだと自分自身に言い訳をしながらゴロゴロと過ごしていた。その日々の代償は体に着々と現れ、気がつけば働き出してから30kgも体重が増えていた。これでは駄目だ。運動しなければいけないと考えながらも何をすればいいのかわからず過ごしていた智にとっては行幸のようなものであった。

その書き込みを見た翌日にはネットで山登り道具を購入してどの山にのぼるかを決めたのだった。前日は山登りへの期待からワクワクして眠れなかった。山登り当日は登る山へと車を走らせながらこんな高揚感を感じるのはいつぶりだろうかと考えながら自然と失笑がこみ上げるのを防げなかった。

あの前日のわくわくを返せ。智は記事を書いた人間への恨みつらみがこみ上げてくるのを抑えるのに必死だった。川のせせらぎが遠くから聞こえてくる。まるで自分がのどが渇いているのを見透かして近くにおいしい水があるのに可哀想と笑っているように聞こえた。頭上では鳥の鳴き声が聞こえた。重い体を一歩一歩動かしながらゆっくりとすすんでいる亀のような自分のことを馬鹿にしているように聞こえた。きた道を引き返そうかと振り向いてはみたものの、今まで上がってきた道はぽっかりと木で出来た口のように見えて引き返せばその口に飲まれ二度と出てこれないような気がした。

引き返すので疲れるぐらいなら登るしか無い。

一歩。また一歩。下を向いたまま地面を噛み締めながら智は山を登っていた。頭上ではまだ鳥が馬鹿にされている。人間は私達のように羽がないから惨めね。自由に空を飛び回れないなんてなんてかわいそうなのかしら。人間の言葉に翻訳すればそんなことを言っているのだろうか。そんな馬鹿げた妄想をしながら登っているとふいに道の前方が明るくなっているのが目に見えた。

やっと木に囲まれた代わり映えしない風景が変わるのかと頭をあげると智の目の前には小さな小さな自分が住んでいる待ちが見えた。今まで木に遮られて届かなかった冷たい山風がほてった体を冷ましてくれる。ただ自分が住んでいる町を遠くから見ているだけ、それだけのはずなのに言いようのない達成感が体を駆け巡るのを智は感じていた。智はバッグの中からおにぎりとお茶を取り出し地面に座って食べだした。ぼっちで山を登るというのもいいものかもしれない。目の前に広がる小さな町とそこで何も起きないと感じながら過ごしていた今までの日々を思い出すと自然に沿う思える自分がいたのだった。

右には山頂へと続く道、左には今まで登ってきた道が見えている。智は自然と左へと体を動かし自分の登ってきた道を戻るのであった。今日は日が悪い。ここまで登ってこれただけでも今までと比べればすごい前進だ。次に登るときは案外簡単に登れるかもしれない。そんな言い訳をしながら木で出来た口の中へと今までの自分と大差ない自分として食べられていくのだった。