もうそうたん

小説家を目指すメンヘラ女子の3人称の文章を練習場所。1記事を30分以内で書くという決め事でやっている。

就職氷河期の就活生

薫は郵便受けの前で固まっていた。この扉を開けば結果が待っている。幸か不幸か開けてみるまでは分からないが、いままでこの扉を開けて良い知らせが入っていたことはない。大抵お金の請求か「お祈り」の手紙かどちらかしか入っていないのだ。しかし、この地獄の扉か天国の扉かわからないものを開かなければ次に進めない。それは分かっているのだがどうしても手が止まってしまうのだった。

この郵便受けの扉を開けば先日行われたある大手飲料メーカーの集団面接結果が届いているはずだった。「大丈夫なはずよね・・・。きっと受かっているはず」薫は集団面接を振り返りながら、今回はうまく言っているはずだと考えていた。

就職氷河期という言葉が日本のなかで定着し、いつが氷河期でいつが氷河期でないのかがわからなくってどれくらい立っただろうか。バブルが弾けてからずっと就職氷河期と言われ続け、就職生は全部寒くて死んでしまうんじゃないかと世の中が疑うほど氷河期は続いた。そんな中で就職活動を行っている薫も他に類を見ず四苦八苦していた。

数多の面接本を読み、数多の会社を受け、やっと自分の強みがわかってきた。薫はそんな感覚を得ていた。薫が自分の強みと考えているのは何を言われてもすぐに言葉が思いつく発想力だと考えていた。一見深そうなことを言いながらも後になって考えると全く深くない。毒にも薬にもならない言葉を考えつくのが得意だと面接を重ねたことで気づいたのである。

「あなたを我が社の飲料品に例えるとなんですか?」

この質問に他の集団面接を受けていた就活生は四苦八苦していた。何も答えないもの、戸惑いながら自信なさげに答えるもの、これを聞いて何を図る気なのかと怒りだすものもいた。そんななか薫の番が回ってきたのだが、今考えても100点をあげたくなるぐらい毒にも薬にもならない言葉だったと思っている。

「私は御社の飲料品に例えると水です。水というものを想像してみてください。染料を入れれば赤にでも青にでもなります。調味料を入れれば辛くも甘くもなります。私はまだ未完成の人間です。その未完成でなにものにもなれる可能性・染まりやすさを考えて、私は水だと思います。もし、御社が私を採用してくれるのであれば、レッドブルのように周りの皆さんを健康にして頑張らせる活性剤のような人間になりたいです」

この言葉を受けて、面接官は満足気に深く頷いていた。その顔を見て薫は確かな手応えを感じていた。これは受かっただろうと。

その結果がこの郵便受けの中に入っているはずなのである。意を決して薫は郵便受けを開けると、そこにはぽつんと飲料メーカーからの手紙だけが入っていた。暗い郵便受けの中に白い封筒だけが妙に自己主張しているようで浮かび上がっている様に見えた。深呼吸をした後に手紙を取り出し、封を開けようとするが手が震えてうまく開けることができない。落ち着け・落ち着けと自分に言い聞かし、これ以上ないほどうまく言ったであろう面接を思い返し、震える手を押さえつけて薫は手紙を開けるのだった。