もうそうたん

小説家を目指すメンヘラ女子の3人称の文章を練習場所。1記事を30分以内で書くという決め事でやっている。

出口が見えないベンチャー企業の熱狂

「仕事は成果だけで判断されるべきだ。成果が出ていない仕事は仕事ではない。」

社長は開口一番にそう言った。社長はベンチャー企業らしい基質の人間だった。自分に厳しく人にも厳しく。強くあるべきで自分を律することが出来る素晴らしい人間だった。

「残業して頑張っているなんていうアピールはいらない。成果が出ない努力は努力の向きが違うということで、それは自分が無能で努力すべき方向すらもわからないということを周りにアピールしているに過ぎない。」

熱弁している社長自身は誰に向けてしゃべっているわけでは無いつもりだったが、社員一同自分に対して話されている気がしてならなかった。というのも、皆がむしゃらに残業につぐ残業を行いながらも成果が出ていなかったからである。

その会社はベンチャー企業として立ち上がったばかりで、将来は大きな会社になって上場を果たすという皆でビジョンを共有したが、その目標に向けて何をすればいいかは決まっていなかった。社員が社長に対して自分が思っている事業案をプレゼンし、それを社長がやるかどうかを判断する。判断したあとはその社員が全責任を持って作業するという良く言えば権利のあるやりがいのある仕事、悪く言えば投げっぱなしの仕事の方式をとっていた。

出口の見えない迷路を彷徨うがごとく、日の売上の上下に一喜一憂し大きな流れを見ることすらなく社員一同死に物狂いで頑張ってはいた。しかし、業績は社長が期待したものとは程遠く「もっとお前なら出来るだろ。俺はお前に期待してるんだ。」というありきたりな言葉を信じながら毎日終電まで仕事を行い始発で仕事に来る毎日であった。

しかし、それを超えるほど社長は働いていた。家に変えるのは週二日ほどでそれ以外は会社で寝泊まりをしており、食事の時間以外はほぼ仕事にかかりっきりで仕事をしていた。その姿を見ている社員はベンチャー企業の社長らしいと羨望の眼差しで見つめており、自分もこうあるべきでまだまだ頑張りがたりないと誰もが自分自身をせめていた。

「もう一度だけ言う。みんな、これを念頭に置いてくれ。仕事は成果が全てだ。成果が出ない仕事は仕事ではないし、それは自己満でしかない」

その言葉を受けて社員はそのとおりと頷く。まだまだ自分に精進が足りないとそこにいる人間全ての心がひとつになり、これから大きな会社にしていくというビジョンに向かってまた出口の見えない迷路の更に奥へと入っていくファンファーレのようなものであった。

熱狂している間は誰も気づかないのだろう。社内で一番仕事をしている社長本人が一番無能だというアピールをしているということに。

結婚申し込み

いつも通りの町並みのなかをバスが走る。徹がバスから見える町並みを見ていると「ポーン」と携帯からメールが届いた音がした。携帯を見ると里美からスタンプが届いていた。愛くるしいキャラクターが両手を前にガッツポーズをしながらファイトとこっちを応援していた。徹はそれを見て苦笑いが止まらなかった。

なんでこんなにいつも通りの町並みが違って見えるんだろう。

徹は社内から町を見ながら考えていた。しばらくして、そういえば里見に返答をしていなかったことに気付き慌ててスタンプを送り返す。いつも通りアセを書きながら下を向いて焦っているうさぎのスタンプ。そこに少しだけのメッセージ、「まかせとけ」という言葉を添えて。続けて「お父さんには逃げずにきてることを褒めてもらいたいと伝えといて」と軽口を叩くと「ポーン」という音と同時にうさぎがまたもやガッツポーズをしていた。「まかせとけ」と里見が送ってきたメッセージを眺めながら徹はまた町並みに目を戻した。

後しばらくしたらさとみの家につく。家についたらチャイムを鳴らして出てきた両親にひよこを渡して挨拶をする。すぐさま土下座をして「里見さんを僕に下さい!」というほうがインパクトは有るだろうかとシミュレーションを重ねながら、徹は何度目かわからないほど直したネクタイをまっすぐと直す。

気持ちいい日差しが降り注ぐ中、徹を載せたバスはいつも通りの町並みを走っているのだった。

頭痛が痛い

「今日は頭痛が痛い」

隣にちょこんと座ったと思ったら恵は唐突にそういった。

「あら、風邪でも引いたの?」
「熱はないみたいなんだけどねぇ。なんか頭痛が痛くて」

つらそうにテーブルに伸びをしながら恵は続けた。

「そんなことより、徹くんって冷たいよね。」
「いきなり何を言い出すんだよ。別に冷たくしたつもりはないけど」

徹は恵の頭をポンポンと叩きながら言った。「すぐそうやって子供扱いする」と不満気に恵は言うが内心では喜んでいることを徹は知っていた。

「だってさ。私の話あまり聞いてないでしょ?」
「聞いてるよ。今だって真剣に話をきいてるだろ?」

「何を言ってるんだ」と肩をすくめながら欧米風のリアクションをとると、恵は「もぅ」とちょっとふてくされた。

「私が行ったこともう一回言ってみて?」
「頭が痛いんだろ?それで大丈夫かなって心配した。100点の回答だと思うけど。」
「そんなこと言ってないよ。私は【頭痛】が痛いっていったの」
「え?もしかして、頭痛は頭が痛いってぼけたつもりだったの?」

「もしかしてじゃないわよ」もう一度テーブルに突っ伏しながら恵は続けた。

「そういう些細なやりとりから私は愛情を測ってるんだからちゃんと気をつけてよね。」
「はいはい。わかったわかった」

徹はそう言うと、また恵の頭をポンポンと叩いた。「だから子供扱いしないでよ・・・」言いながら恵は顔を赤くした。徹はその顔を満足気に眺めているのだった。

地震と商店街とキャンドルと

商店街を歩いているとある店の前にポツンとキャンドルが立っていた。キャンドルは心もとなく光を発しながら自分の存在を少しだけアピールしているように見えた。キャンドルの上には一枚の張り紙が。

「3・11。あの日起きたことを私達は忘れない。」

その張り紙を見て徹は東北を襲った大地震が3年前の今日であったことを思い出した。

地震が起こった日、徹はいつも通り会社で仕事をしていた。最初は小さな揺れを体に感じ、いつもどおりすぐ収まるだろうとたかを括っていたが、いきなりドンッとしたから突き上げられるような衝撃を受け思わず倒れてしまった。机は横滑りをし、部屋の壁沿いにおいてあったロッカーは横倒しになった。ドタバタと音がなる中、徹は頭を両手で抱えたまま立ち上がることもできずに念仏を唱えていた。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。自身が終わり落ち着いた後、普段仏教とは程遠い生活を送っているくせにこういうときには神に願いを捧げることしかできない自分に苦笑いがこみ上げてきたことをよく覚えていた。

地震が収まり外に出てみると横倒しになった看板などはあったものの普段と様相をあまり変えずに町はそこにあった。地震を受けた時は地面の底が抜けて、会社から出ると目の前に地の底まで続くような穴が空いていないかと想像したものだったが、穴もなく慌てた人は多数いるが街自体は普通だった。人間よ。そんなに焦らなくても俺は逃げていかないぞと街が自己主張してくれているようで少しだけ心が救われたような気がしたものだった。

それから1年が経つと近くの商店街では各店の前にキャンドルが立っていた。メモリアル、絆、日本を一つに、この小さな繋がりが大きな力となり日本を強くする。商店街が3・11を忘れずに繋がりを示すことでこの出来事を風化させないために行ったことだった。その年の商店街は立ち並ぶキャンドルから確かな繋がりを感じることができた。

しかし、1年、また1年と年が立っていくに連れてキャンドルは少しづつ減っていった。それは記憶という不確かなものがキャンドルを一つづつ吹き消すことで人々の中から抜けていこうとしているかのようであった。

そして、今年は1つ。たどたどしく、弱々しくキャンドルは佇んでいたが確かにそこに立って光を放っていた。この光を見たことで今日が大地震が起こった日であったことを思い出したが来年は忘れているかもな。徹は繋がりを、絆をと喚いたいた商店街を想い出しながらも、記憶が風化することは震災から復興した証なのかもしれないなと考えていた。

そんな考えを知る由もなくキャンドルの光はゆらゆらと佇んでいるのだった。

就職氷河期の就活生

薫は郵便受けの前で固まっていた。この扉を開けば結果が待っている。幸か不幸か開けてみるまでは分からないが、いままでこの扉を開けて良い知らせが入っていたことはない。大抵お金の請求か「お祈り」の手紙かどちらかしか入っていないのだ。しかし、この地獄の扉か天国の扉かわからないものを開かなければ次に進めない。それは分かっているのだがどうしても手が止まってしまうのだった。

この郵便受けの扉を開けば先日行われたある大手飲料メーカーの集団面接結果が届いているはずだった。「大丈夫なはずよね・・・。きっと受かっているはず」薫は集団面接を振り返りながら、今回はうまく言っているはずだと考えていた。

就職氷河期という言葉が日本のなかで定着し、いつが氷河期でいつが氷河期でないのかがわからなくってどれくらい立っただろうか。バブルが弾けてからずっと就職氷河期と言われ続け、就職生は全部寒くて死んでしまうんじゃないかと世の中が疑うほど氷河期は続いた。そんな中で就職活動を行っている薫も他に類を見ず四苦八苦していた。

数多の面接本を読み、数多の会社を受け、やっと自分の強みがわかってきた。薫はそんな感覚を得ていた。薫が自分の強みと考えているのは何を言われてもすぐに言葉が思いつく発想力だと考えていた。一見深そうなことを言いながらも後になって考えると全く深くない。毒にも薬にもならない言葉を考えつくのが得意だと面接を重ねたことで気づいたのである。

「あなたを我が社の飲料品に例えるとなんですか?」

この質問に他の集団面接を受けていた就活生は四苦八苦していた。何も答えないもの、戸惑いながら自信なさげに答えるもの、これを聞いて何を図る気なのかと怒りだすものもいた。そんななか薫の番が回ってきたのだが、今考えても100点をあげたくなるぐらい毒にも薬にもならない言葉だったと思っている。

「私は御社の飲料品に例えると水です。水というものを想像してみてください。染料を入れれば赤にでも青にでもなります。調味料を入れれば辛くも甘くもなります。私はまだ未完成の人間です。その未完成でなにものにもなれる可能性・染まりやすさを考えて、私は水だと思います。もし、御社が私を採用してくれるのであれば、レッドブルのように周りの皆さんを健康にして頑張らせる活性剤のような人間になりたいです」

この言葉を受けて、面接官は満足気に深く頷いていた。その顔を見て薫は確かな手応えを感じていた。これは受かっただろうと。

その結果がこの郵便受けの中に入っているはずなのである。意を決して薫は郵便受けを開けると、そこにはぽつんと飲料メーカーからの手紙だけが入っていた。暗い郵便受けの中に白い封筒だけが妙に自己主張しているようで浮かび上がっている様に見えた。深呼吸をした後に手紙を取り出し、封を開けようとするが手が震えてうまく開けることができない。落ち着け・落ち着けと自分に言い聞かし、これ以上ないほどうまく言ったであろう面接を思い返し、震える手を押さえつけて薫は手紙を開けるのだった。

オフサイド

目の前で怒鳴っている男がいる。自分がいちゃもんを付けられているというのは頭では分かっているがどこか冷ややかな目で太郎は相手を見つめていた。

「ちょっと聞いてんのかよ。さっきのは明らかにオフサイドではなかっただろ!」

男性はなおも太郎に向かって詰め寄ってくる。そう、男が言う言葉は正しい。太郎は誤審をしたのだ。明らかにオフサイドではなかったのだが勢い余ってフラッグを上げてしまった。あげた瞬間「しまった」と思ったのは確かだ。しかしそんなことは匂わせずにまっすぐとオフサイドフラッグを建てたまま立ち続けた。一回上げてしまったフラッグを降ろすぐらいなら最初から上げなければいい。あげた瞬間に間違っていたと思ったとしても、上げ続ければいいのだ。最終的なジャッジは主審が笛を吹くか吹かないか。そこにかかってくる。笛が吹かれなければ太郎の誤審はそのまま流れる。笛を吹かれれば主審がそうジャッジしたのだから太郎が間違ったと思ってしまったことが間違っているわけだ。

目の前ではなおも男は文句を言っており、オフサイドトラップに失敗したディフェンダーは「しめしめ」と言わんばかりの表情をしながらも素知らぬ態度でボールを蹴ろうとしている。こういう場合は反論をしてはいけない。太郎は長い審判経験から知っていた。激高しているプレイヤーはどれだけ冷静に対応しても自分が一番正しいと思っているのだ。この場合確かに相手のほうが正しいのだがそんなことは関係ない。相手にしたら負けなのだ。何を言っても火に油を注ぐだけなのであれば文句を言ってはいけない。

ある募金活動に対するいちゃもん

「恵まれない子どもたちに愛の手をお願いしまーす」

「お願いしまーす」と周りにいる同級生も続ける。週末は街頭に立ちボランティアで募金を募る。武が中学に入ってから1年半続けている習慣だった。始めたきっかけはなんとなく暇だからというすごく不順なものだった。週末に暇を持て余していた時に学校からボランティア活動のビラが届いたのである。どうせ暇だしという軽いノリで始めた募金活動だったがやってみると楽しかった。綺麗なお姉さんが募金をすると同時に「偉いわね」と言われると少し得意げな気分になったし、小さい子供がお母さんからお金をもらって走って募金しにきてくれた時に頭をなでてあげるのも好きだった。はじめる前はなぜ街頭に立って大きな声を出して募金を募っているのかさっぱりわからなかったがやりだすとボランティア活動をしている時だけは自分がこの世から必要にされている気がして進んでボランティアをやる人間の気持ちが少しだけわかった気がしていた。

「恵まれない子どもたちに愛の手をお願いしまーす」
「お願いしまーす」

このセリフを言って何回目だろうか。武はさっきから視界の端にいる男が気になってしょうがなかった。ガードレールに腰をかけて腕を組みながらこっちを見ている男。誰かを待っているのだろうと最初は思っていたのだが、時間を気にする様子もない。なにをするでもなく腕を組んでこっちを見ているだけの男がいるのである。ちらちらとそちらを見ていると、武が見ていることに気づいた男がおもむろに立ち上がりこちらへと向かってきた。

「なんでそんなことやってんの?」

男はおもむろに言った。「お願いしまーす」他の子はまだお決まりの言葉を言っているが武は止まってしまう。なぜ?そんなことを言われる筋合いも何もこの男にはないはずなのにわざわざなぜこの男が絡んでくるのか武には全く理解できなかった。

「なんでそんなことやってんの?」

男はもう一度尋ねてくる。いいことをやっているはずなのになぜこの男はこんなに絡んでくるのだろう。武は段々と苛立ってきた。間違いなく自分はいいことをしている。それを邪魔するこの男は悪だ。周りの人間もそれを分かってくれるはずだと予想してちょっと強めに話を始めてみた。

「アフリカでは今も餓死している人間がいるんです。それにもかかわらず日本人は食べれる食料を捨てている。不公平だと思いませんか?それならば捨てるはずの食料を買うお金を募金してもらってアフリカの子供に渡してあげるんです。それだけで餓死する人間が減るかもしれない。」
「ふーん。」
「お兄さんもあんなに長い時間見ていたんだからボランティアに興味があるんじゃないですか?意地張ってないで一緒にやりましょうよ。手伝ってくれなくても少しだけ募金してくれるだけでもいいですよ。」

男は少し黙った。武は自分がこの男をやり込めた感覚に酔いしれていた。悪を倒した自分。いいことをしている自分にちょっかいを出してくる人間を黙らせたこの状態はヒーローが悪を倒したのとおなじ感覚だった。

「そんだけ?」

男は少し時間を開けていった。

「それだけってなんですか。十分な理由でしょ?」
「いや。俺が聞きたいのはなんでそんな大声張り上げて自分はいいことしてますよっていうのをアピールしてるの?って聞いてるわけ。」
「え?」
「募金なんて募金箱置いてけばいいだろ。おかねを集めるだけなら箱があれば募金してくれる人は募金するよ。大声出してアピールする必要ないだろ?お金の額が重要なのであったら群れる必要ないじゃないか。一人ひとりが各箇所に募金の呼びかけをすればもっと効率よくいろんな人に募金のアピールが出来るわけじゃないか。なのにお前らは群れて固まってバカの一つ覚えみたいに「お願いしまーす」っていうだけだ。だからなんか意味があるのか?って思ったわけだよ。」
「・・・」
「更に言うとだな。金額が重要ならこんなところで大声出さずにバイトすればいいだろ。ボランティアバイト。企業に言ってみるよ。企業の好感度アップのために町のゴミ拾いをする学生にバイト代を出して、そのバイト代はすべて寄付される。こっちのほうがよっぽど効率的だろ?お金が必要なら働け。馬鹿みたいに声を出して自己満足であるのを隠してなにをやってんだって思ってしまうんだよ。」
「そんなこと言うならお兄さんがやればいいじゃないか!」
「俺はやらないよ。偽善者じゃないしアフリカの子供が飢えようがなにしようが俺の知ったことではない。お前らは重要なんだろ?だったらもうちょっと効率がいい方法が有るんじゃないのか?とか考えたりしないのかが前から疑問だったんだよ。だからじっと見ていたんだけど、お前らもアフリカの子供っていう下の人間を作ることで満足してるだけの人間なんだろうな。

武はなにもいうことができなかった。「さっき言ったことをやったほうが金は集まると思うよ」とだけ言うとその男は去っていった。